よくある質問

織田作之助について

織田作之助とはどのような文学者・作家ですか?

織田作之助(1913年 – 1947年)は、昭和初期に活躍した大阪市出身の小説家・劇作家・随筆家です。太宰治や坂口安吾らとともに「無頼派(新戯作派)」の代表的作家として称され、庶民の逞しい生き様や大阪の街並みを情熱的かつリアルに描いた作風で日本文学史に大きな影響を与えました。

織田作之助の代表作『夫婦善哉』はどんな作品ですか?

『夫婦善哉(めおとぜんざい)』は1940年に発表された織田作之助の出世作であり、大阪の市井に生きる男女の絆と情愛を描いた短編小説です。あかんたれで放蕩な問屋の若旦那・柳吉と、しっかり者の芸妓・蝶々が、度重なる失敗や苦難に直面しながらもたくましく生き抜く姿を描いています。法善寺境内の甘味処「夫婦善哉」をはじめ、当時の大阪の食文化や風俗が細やかに写し出されている点も特徴です。

「無頼派(新戯作派)」とは何ですか?織田作之助との関係は?

「無頼派(新戯作派)」とは、第二次世界大戦直後の混乱期において、既存の権威や道徳、従来の純文学の枠組みに反発し、人間の破滅や孤独、本音を客観的かつ痛快に描いた作家群のことです。織田作之助のほか、太宰治、坂口安吾、石川淳らが含まれます。織田は特に、都市の過酷な現実を肯定しながら生きる庶民を描き出し、無頼派の主要メンバーとして独自の地位を築きました。

織田作之助文学碑やゆかりの地はどこにありますか?

主なゆかりの地は、作品の舞台となった大阪市中央区の難波・道頓堀周辺です。特に法善寺境内には『夫婦善哉』の一節が刻まれた文学碑が建っており、現在も多くの文学ファンが訪れる聖地となっています。また、生誕地である天王寺区周辺や、彼が愛好した老舗の飲食店(自由軒など)もゆかりの地として知られています。

「織田作之助賞」創設の背景や歴史について教えてください。

織田作之助賞は、織田作之助の生誕70年にあたる1983年に創設されました。関西の文学振興と新人発掘を目的とし、大阪市や毎日新聞社、大阪文学振興会、関西大学などの産学官・メディアが連携して運営を開始しました。時代とともに選考形式のリニューアルを重ね、現在はプロの新鋭・気鋭作家を対象とする「織田作之助賞」と、若手の公募賞である「織田作之助青春賞」の2部門体制で継続されています。

織田作之助賞・青春賞について

「織田作之助賞」と「織田作之助青春賞」の違いは何ですか?

「織田作之助賞(本賞)」は前年10月1日からの1年間に出版された新鋭・気鋭作家の既刊単行本(小説)を対象とし、推薦制で選考されます(賞金100万円)。一方、「織田作之助青春賞」は応募締切日時点で満24歳以下の方を対象とした未発表短編小説の公募賞です(賞金30万円、受賞作は『三田文學』掲載)。

織田作之助青春賞の応募資格と年齢制限を教えてください。

応募締切日である「8月31日時点」で満24歳以下の方であれば、国籍やプロ・アマを問わずどなたでも応募可能です。また、18歳以下による優れた応募作品に対しては「奨励賞(旧U-18賞の趣旨を継承)」が贈られる場合があります。

織田作之助青春賞の応募規定(原稿枚数・フォーマット)はどうなっていますか?

原則としてWord文書で「20字×20行」の設定で30枚までの未発表短編小説が対象です。題材・舞台設定は自由ですが、二重投稿は不可となります。また、生成AI(人工知能)によって出力された文章・回答を含む作品は審査対象外(失格)となります。

織田作之助青春賞の応募方法と選考スケジュールはどのようになっていますか?

例年8月31日を締切とし、毎日新聞ウェブサイト上の専用応募フォームより原稿を提出します。選考結果は例年12月初旬〜中旬に新聞紙上およびウェブサイトにて発表され、12月中旬〜1月頃に贈呈式が行われます。

織田作之助賞(本賞)の選考方法と候補作の選定基準について教えてください。

公募ではなく「推薦制」を採用しています。作家、文芸評論家、ジャーナリスト、出版関係者などから推薦された単行本の中から、選考委員による選考会を経て決定されます。全国の新鋭・気鋭作家が選考対象となり、独自の文学性と将来性を備えた作品が評価されます。